2014年12月暮れも押し迫ったある日の夕方、社員の1人から「正月は日本に帰国する予定ですか?」と聞かれた。「残念ながら今年は帰国出来そうもなくなったよ。」と答えたら、「それなら我々が毎年実施しているチャイティーヨーパゴダへの巡礼に参加しませんか?」とのお誘いが返ってきた。またとない機会なので、二つ返事で参加を決めた。毎年、正月の三が日には、社員の兄が幹事役となって、家族・親戚一同、隣人、友人、会社の同僚等などの老若男女を募り、総勢100名を超す団体を組織し、3台の大型バスに分乗して2泊3日の巡礼の旅をしており、今年で7回目になるとのことであった。86歳を迎えた社員の祖母を筆頭に、1歳に満たない赤ちゃんまで含めて、全員がミャンマー人の団体に1人だけ日本人が加わることになるので、ミャンマー人の身なりで参加することにした。更に社員からは、ミャンマー人としての名前も必要だと言う訳で、U Thi Haと言うミャンマー人名を付けて貰った。ティーハーは「勇敢」を意味する言葉だそうで、名誉なことだ。
「バスの出発が1月1日の午前1時なので、その前に我が家で新年会をやりましょう。」ともう1人の社員に誘われ、31日の22時頃、ロンジーにゴム草履の出で立ちで、彼の自宅を訪問した。街のあちこちから、正月を祝う「ハッピー・ニュー・イヤー!」の掛け声が聞こえてきた。日本の大晦日では除夜の鐘を聞きつつ、いく年1年間を振り返り、くる年に向けた心の準備をした上で、1日の午前0時きっかりに「明けましておめでとうございます。」との挨拶を交わす習わしだが、こちらには除夜の概念はなさそうであった。
明かりが殆どない街の大通りには、いつの間にか3台の大型バスが到着しており、人々が三々五々、自分のバスに乗り込んでいた。バスは午前1時ちょうどに出発した。バスが走り始めると、早速最後尾の座席に陣取った若者たちがギター演奏に合わせてミャンマーのポピュラーソングを合唱し、旅の雰囲気が盛り上がった。2泊3日の旅程については主目的地であるチャイティーヨーパゴダへの行き帰りに、いくつか他のパゴダの参拝や渓流地での水浴等も計画されていると聞かされていたが、日程表などと言った気の利いたものは何もなく、バスの運転手に身を任せるしかなかった。
バスは暗闇の道路をひたすら東北方面にひた走った。若者の歌を背中で聞きつつ、うとうとしているうちにいつしか眠りについていたようで、隣に座っている社員の「着きましたよ。」との声に、目が覚めた。外はまだ暗闇で、時計は5時頃を指していた。4時間程走ったことになる。バスが停車した所は、最初に参拝する山上のパゴダのふもとのだだっ広い空き地であった。テント小屋のようなレストランの明かりと従業員の動きだけが、やがて訪れる夜明けを知らせる合図のようであった。
バスから降りた我々はそこで、朝食をとり、夜が明けたところで、荷台にびっしりと連座式の座席をしつらえた小型のトラックに乗り込んで、山頂のマエラウン・チャイピーパゴダを目指して出発した。そして七曲りの急こう配の険しい道を登ること20分程で、聖地の入口に到着した。パゴダのある山は独立峰で見晴しがよく、朝焼けに染まる周囲の山並みが幾重にも重なる美しい景色であった。また、その反対側の斜面のはるか下には、朝日を浴びてゆったりと流れる川が遥か彼方まで続いていた。まさに自然のただ中の山頂に作られたパゴダであることが実感できた。
パゴダの境内への入り口で裸足になり、境内に入った。境内はやがて2手に分かれ、向かって右手がチャイピーパゴダで、比較的小さな石の上に築かれたパゴダそのものよりも、岩の下で仰向きとなって修業している仏陀や、洞窟の中の仏陀に祈りを捧げている信者が多かった。この仏陀の前には直径10cm程の丸い石が置かれていて、信者はこれを2度持ち上げる習わしだ。最初に持ち上げる際は非常に重く感じるが、願い事を仏陀に託し、一心にお祈りした後に再び持ち上げる。その際軽く持ち上がった場合には、願い事が叶えられると信じられている。私も人に倣って、願い事を唱えた後に持ち上げた石は軽く感じられた。
一方左手に位置するマエラウンパゴダはチャイティーヨーパゴダの姉妹版と言えそうな雰囲気のパゴダで、金箔が貼られた大きな岩の上に乗っている岩のその上に建立されていて、遠く地上からもその姿が仰ぎ見られるようであった。天上におられる仏陀から少しでも近い位置にとの思いがそうさせるのか、モン州の山々の頂きのあちこちにパゴダの姿が認められる。
山上の2つのパゴダの礼拝を終えると、再び寿司詰め状態のトラックバスで麓まで矢のような速さで下り、次の聖地であるチャイティーサウンパゴダに向かった。
チャイティーサウンパゴダは赤土の広い大地に建立された聖地で、パゴダそのものは地味な作りであったが、その周辺に様々な施設が設けられ参拝者の目を楽しませてくれた。目を引いたのは周辺の山で捕獲されたとおぼしき多くの動物達で、熊、猿、鷲を始め巨大なアナコンダに至るまで、野生を感じさせた。このパゴダは古い歴史を有しているようで、年期の入った仏像と新たに作られた仏像のコントラストが興味を引いた。
帰り際に通りかかった境内の片隅に小さな池があり、たった1輪の蓮の花が、美しい姿を見せていた。その穢れなき美しさが極楽をイメージさせるのかもしれないと感じた。
全員が乗り込んだところで、3台のバスはいよいよメインの聖地であるチャイティーヨーを目指して発進した。(続)
2014年1月4日(日)
MyanmarDRK Co., Ltd. Managing Director
宮崎 敦夫